ランダムネスのない一様なフラストレート系における遅い緩和現象

スピングラスやガラス、高分子、コロイド溶液のようなランダム系において、 物理量が非常にゆっくりと緩和する遅い緩和現象が知られている[A]。 ランダム系(乱れのある系)の多くの場合、内部エネルギーの複雑さが起因となって 遅い緩和現象が生じると考えられている。 一方で、乱れを入れないように非常にきれいに合成されたカゴメ格子反強磁性体(上図のような構造)において、 磁化が遅い緩和を示すという実験報告があった[B]。 そこで我々は「乱れのない系において遅い緩和現象は生じ得るか?」という基本的な問題を考えた。 磁化が遅い緩和現象を示すという実験報告があった物質に倣い、 容易軸異方性のあるカゴメ格子反強磁性体を考察した。 この系は有限温度で自発磁化が生じる相転移が起こることが知られている[C,D,1]。 相転移温度以下において、スピン構造がどのように時間変化するかをモンテカルロシミュレーションで検討した。 スピン構造の時間変化を定量的に調べるに当たり、我々は「風見鶏ループ」と呼ばれる新しい量を導入し、 風見鶏ループの本数を数え上げることで、スピン構造を表すことにした。 その結果、 (1)磁化やエネルギーなど熱力学量が緩和する時間に比べて、 風見鶏ループの本数が緩和する時間スケールは非常に長いこと、また、 (2)風見鶏ループの本数の緩和過程は、ガラス系などランダム系で見られるような2段階の緩和を示すこと が明らかになった[2,3]。 カゴメ格子反強磁性体は非常に強く縮退しており、その意味で究極のフラストレート2次元系である。 そのため、エントロピーの効果は様々な物理現象に対して重要な役割を担う。 この遅い緩和現象についても、風見鶏ループの配置の仕方の場合の数と、風見鶏ループ内の自由度という2つの エントロピー効果によって説明できる。 そのため乱れのない系においても、エントロピー効果によって遅い緩和現象が生じうると言える。

また上記の研究に関連した別のアプローチも検討してきた。フラストレートした飾りボンド系を用いて、 エントロピー効果による遅い緩和現象を最もシンプルなモデルで説明した[4,5,6,7]。

本研究は宮下精二教授(東京大学) との共同研究である。


References:
[A] E. Vincent, Lecture Notes in Physics 716, 7 (2007). [B] A. S. Wills, V. Dupuis, E. Vincent, J. Hammann, and R. Calemczuk, Phys. Rev. B 62, R9264 (2000).
[C] A. Kuroda and S. Miyashita, J. Phys. Soc. Jpn. 64, 4509 (1995).
[D] S. Bekhechi and B. W. Southern, Phys. Rev. B 67, 144403 (2003).

本項目に関する我々の論文:
[1] 田中宗, 轟木義一, 熱測定 [解説記事] 36, 91 (2009).
[2] Shu Tanaka and Seiji Miyashita, J. Phys. Condens. Matter 19, 145256 (2007).
[3] Shu Tanaka and Seiji Miyashita, J. Phys. Soc. Jpn. 76, 103001 (2007).
[4] Shu Tanaka and Seiji Miyashita, Prog. Theor. Phys. Suppl. 157, 34 (2005).
[5] 田中宗, 物性研究 85-4, 523 (2006).
[6] Shu Tanaka and Seiji Miyashita, J. Magn. Magn. Mater. 310, e468 (2007).
[7] Shu Tanaka and Seiji Miyashita, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 084002 (2009).